どこに行っても変わらない
「自分だけの主軸」を見つけよう
はじめに
日本に生まれ育った私が、テストの点数や偏差値に偏った学力評価をする教育方針に疑問を持ったのは高校1年生の時です。学校を中退し、奨学金を得てUnited World College※(UWC)のカナダ校に留学をしました。大学卒業後は外資系企業や国際機関でさまざまな経験を積み、その中でもストリートチルドレンの教育に携わったことがきっかけで「世界的な貧困問題の解決には、変革を起こせる次世代リーダーの育成が不可欠だ」と考えるようになりました。こうした私の原体験が形となったのが、2014年9月に長野県で立ち上げた日本初の全寮制の国際高校であり、現在UWC日本校の前身であるインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)です。
※世界17ヵ国にキャンパスを有する非営利の国際学校ユナイテッド・ワールド・カレッジ。
日本の教育が乗り越えるべき「40年ギャップ」とは
本校は、設立時より「多様性を活かす力」「問いを立てる力」「困難に挑む力」の3つを教育理念として掲げてきました。これらは同時に、これからの日本社会を生き抜くために必要な資質でもあると信じています。
まず一つ目の「多様性を活かす力」とは、多様な国籍や文化、宗教だけでなく、社会経済的にもさまざまなバックグラウンドを持つ生徒を受け入れ、異なる価値観に向き合うことで、多様性を強みにする力です。他者との調和を重んじる日本社会では、未だに自分とは異質なものに対する理解が少ない印象を受けます。そのため、異なる意見や考え方で刺激し合うことで得られるはずの創造的な発想や新たな価値が生み出されにくく、閉塞的な状況に陥りがちです。
二つ目は「問いを立てる力」です。日本の教育は、予め与えられた課題を素早くこなすことに秀でていますが、解かれるべき問題は何なのかを自ら考えることに関しては、大きな伸びしろがあると感じています。本校では、クラブ活動や社会貢献活動の運営はもとより、寮の運営やさまざまな生徒主導のプロジェクトまで、学校生活の中で生徒が自らの情熱や信念に忠実に、「無」から「有」を生む過程を体験する場がたくさんあります。問いを立てる力は、実践を通じてこそ培われるものだと考えているからです。
最後の「困難に挑む力」とは、未知なことにチャレンジする姿勢のことです。どんなに多様性の中で良い問いを立てる力があっても新しいチャレンジには困難がつきもので、それに対峙した時にどう振る舞うかが大きな鍵を握ります。子どもたちの将来を担う教育機関は、本来は幾多もの困難や時には失敗を、生徒たちに体験してもらう場であるべきです。しかし、学級崩壊や成績不良など想定外のことが起こる度にメディアや「モンスターペアレンツ」から叩かれる傾向があり、その結果、極端に萎縮していると感じます。この現状は社会全体の課題でもあります。できるだけ困難もリスクも、そしてケガもしないようにと社会全体が教育に対してプレッシャーをかけているように思うのです。この呪縛から解き放たれない限り新たなチャレンジは生まれず、真に国際社会で活躍できる人材は現れにくいのではないでしょうか。
今、世界では教育の専門家たちが「20年後」を見据えた教育を熱く議論しています。一方日本では、2020年に大学入試改革が行われるなど、親世代・祖父母世代の大人たちが「20年前」に効果を見出した教育方法から、やっと抜け出そうとしている段階にあります。つまり親世代と子ども世代の間には、約40年間分の意識や技術の差があるのです。教育の業界では「40年ギャップ」と呼ばれています。
子どもたちに求められる「力」が変わってきていることは、皆さんもひしひしと感じていらっしゃることかと思います。就職への価値観も、かつての「終身雇用」を重んじる傾向が一変し、「成長の機会」と捉え通過点の一つと考える若者が増えています。つまり、20年前に私たち親世代が切り開いてきたレールを、今の子どもたちに同じように歩ませるようでは、未来の社会に適応していくことが難しいことは言うまでもありません。大切なのは、先の変化を予測して次世代が受けるべき教育のあり方を問い続けることで、常に一歩先の「未来を見据える姿勢」だと感じています。
※OECD(経済協力開発機構)加盟国を対象に3年ごとに実施される15歳を対象にした学習到達度調査。
見逃しがちな真の「多様性」
私が「多様性」を意識した最初のきっかけは幼少期でした。ソーシャルワーカーであった母を通して、身体や精神に障がいを持つ方に接する機会が身近にありました。ある日、私が折り紙で作った作品を、同じ部屋にいたお子さんにプレゼントした時のことです。なんとその子は受け取った作品を、そのままパクリと食べてしまったのです。私はとても驚き動揺しましたが、母は「あなたのあげた折り紙が、大事なものだと思ったのよ」と説明してくれました。それ以来、自分と異なる考えや価値観を持つ人と出会った時、見た目や行動がどのように違っているかよりも、その違いが「なぜ生まれるのか」を考えるようになりました。留学や仕事で海外を飛び回る生活になってからは、私自身が日本人というマイノリティでしたが、「人は皆違うもので、必ずコモングラウンド(共通点)」がある、という大前提をいつも自分に言い聞かせていました。
「多様性」と言うと、日本では「国籍の違い」をイメージする方が多いでしょう。しかし、意見や価値観、性格の違いもいわば個人の「多様性」であり、日本国内にも空気のように存在しているものなのです。自分の当たり前が他者の当たり前でないと気づいた時、「なぜこうなんだろう」と相手の立場になって考えられるかどうかが、より良い未来を築くための決め手だと考えています。
海外で暮らすご家族へのメッセージ
私が教育業界に関わるようになってから、約10年が経ちました。中でも海外在住経験のあるご家族から頻繁に聞かれるのが「子どものアイデンティティーをどう育てるか」についてです。複数の国でお子さんを育てられたご家庭では、どこの国にルーツを作ってあげれば良いのかと悩むお気持ちはよく理解できます。出生の場所と教育を受ける場所が異なれば、「自分とは一体何者だろう」と悩んでしまうことはごく自然でしょう。
私が「アイデンティティー」を考える時は、玩具の「やじろべえ」を連想します。中央にある主軸が「本来の自分」、そして左右の重りは居住国あるいは滞在国に適応させた「バランスを取るための自分」です。住む場所や周りにいる人によって、「やじろべえ」の腕の長さや重りの量が変わるのは自然ですが、それでもやはり、世界中どこへ行っても変わらない主軸があるのだと思います。その「本来の自分」、つまりアイデンティティーとなる核の部分は、自分が何に心を動かされ、何に情熱を感じ、どんな時に一番自分らしいのかに直結しているのではないでしょうか。
「アイデンティティー」とは、必ずしも「日本人である」という国籍や「シンガポールに住んでいた」という海外在住経験、そして「帰国子女である」という社会的ステータスで決まるものではありません。海外で育つお子さんには、何に心を動かされ、何に情熱を感じ、どんな時に一番自分らしいのかを探し続け、国や文化だけに頼らない「自分だけの主軸」を確立していただきたいと思います。その「自分だけの主軸」と「社会的使命」が合致するフィールドこそが、自信を持って歩んでいくべき未来の道であるはずです。
最後に、私が好きな言葉の一つである、システムエンジニアリング企業CSKの創業者であった大川功氏の格言を紹介します。「新しい産業には常に予兆がある。その予兆を逃さずに捉え、これを命がけで事業化する人に対し、天は時流という恩恵を与え、そして天命という社会的責任を負わせる」というものです。自分が一番ワクワクすること、あるいは憤りを感じるものは何なのか。それに対して自分らしい、自分にしかできないアプローチとは如何なるものか。これらの問いに対する答えを、人はもしかすると人生をかけて、探し続けていくものなのかもしれません。
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※2018年9月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。