グローバル教育
外務省国際機関人事センター長 阿部 智氏

~ Focus on the Future ~

グローバル時代を迎えた今、世界で求められる人材、教育とはなんでしょうか。
国際機関の仕事と採用制度等についてお話をうかがいました。

外務省国際機関人事センターでは、国連機関で働く日本人を支援していらっしゃるそうですね。国連は国際舞台の総本山とも言える機関ですが、その採用方法や人事制度についてはあまり知られていないように思います。まずは、国際機関人事センターの主な目的と業務について教えてください。

私はこれまで外交官として紛争地域にある在外公館も経験し、「平和」の大切さを肌で感じてきました。世界平和を維持し、貧困問題や環境問題などの地球規模の問題を解決していく上で、国連や国際機関に期待される役割は近年増大しています。その国連で働く日本人の職員を増やすことが、当センターの活動目的です。

日本人の国連職員はまだ少ないのであまり身近に感じられないのかもしれませんが、例えば、かつて国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のトップとして活躍された緒方貞子さんをはじめ、世界的にも高く評価されている日本人職員は少なくありません。

国連で働くということは、国連本部や、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)などの国連機関に採用されるということです。つまり、私のような日本という国家の公務員とは立場が異なり、専ら世界全体のために働く「国際公務員(International Civil Servant)」という立場になります。現在、国連事務局では193の国連加盟国出身の4万人以上の優秀な人材が国際公務員として仕事をしています。

日本政府は毎年、国連機関に対して多額の財政的な貢献をしていますが、それにもかかわらず、国連機関で働いている日本人の専門職員の数、特に幹部職員が少ないことが長年指摘されてきました。専門職である国際機関職員の日本人は約800人で、専門職全体(約3万2千人)のわずか2.5%にすぎません。財政的な貢献のわりに、それに見合っただけの人的貢献を国連内で行えていないと言えます。これは、日本にとって、世界への有効な情報発信のチャンスを逃しており、また、充分なプレゼンスを示していないと言えるでしょう。当センターは、日本政府としてこの課題に取り組むために、日本人の国連職員を増やすべく採用支援活動を行っています。

国連機関に採用されるためには、日本の一般的な就職活動や公務員試験などとは異なる準備が必要ですので、早い段階からその採用システムを理解し、準備を始める必要があります。当センターでは全国の大学に赴き、キャリアガイダンスや就職フェアのような場で広報活動を行っています。また日本政府が国際機関に派遣する職員を審査したり、国際機関が日本で採用活動を行う際にも協力しています。

国連の採用は、どのように行われているのでしょうか。

国連ではいわゆる新卒採用は実施しておらず、「空席公告」が一般的です。各国際機関の中で、空席となっているポストのレベル、業務内容、必要な資質や応募条件などが世界に向けてウェブ上で発信され、募集が行われます。

空席公告は競争率が高く、日本人で国連や海外業務の経験がない人には非常に厳しいものですが、海外勤務などの経験を積んだ人が採用されている例は多くあります。例えば、留学後に海外のニュースメディアで活躍していた日本人の方が、空席に応募して採用され、国連事務局の広報官の一人として活躍しています。このような形で、民間企業や非営利団体などから国連へ転職してくる方が多く見られますので、海外で活躍する日本人にも一つのキャリアとして認識していただけたらと思います。

また、国連事務局には、若手職員から育てていく目的で「ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)」という、募集年齢が32歳までの採用制度もあります。年に一度、国際政治や経済など、分野別の筆記試験が行われています。受験できる対象国籍は毎年異なりますが、日本は毎年対象国に入っています。YPPは、国連のポストで通例求められる修士号が必須ではないため受験しやすいのですが、競争率が高く、日本人はなかなか合格しないのが現実です。

空席公告やYPPで日本人職員が十分には増えないため、日本政府は、グローバル時代を迎えた今、世界で求められる人材、教育とはなんでしょうか。国際機関の仕事と採用制度等についてお話をうかがいました。国連での勤務を希望する人に、準備段階として必要な資質を高めてもらうための支援を行っています。「ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)」と言って、日本政府としていくつかの国連機関と取り決めを行い、国連の正規職員を志望する若い日本人を2年間国連に派遣して勤務経験を積んでもらう制度です。2年後には自力で次のポストを空席公告で勝ち取れるよう能力を高めてもらうことが目的です。2年間の給与や手当などの経費は日本政府が負担します。このJPOの募集と選抜審査も当センターが担っています。

JPOには35歳以下の日本国籍の方が応募できます。この他、業務関連分野の修士号以上の学位を取得すること、関連分野で最低2年間の職務経験を積むこと、職務遂行に必要な英語の能力が十分であることなどの条件があります。どれも即戦力として活躍できるための条件として必須のものです。国連職員には英語でコミュニケーションをとり、特に文書を書く高い能力が求められるので、最近はTOEFL等のスコアに加えて、JPO審査のために独自のライティングの試験も行っています。

応募条件以外に、国際機関の職員として重要な「資質」はどのようなものだと思われますか。

一つは「柔軟性」を持ち合わせていることでしょう。たとえ可能性は0.1%のように低く思えることでも、あらゆることが起こり得るという覚悟があることです。私自身、冷戦中のアフガニスタンやウクライナで実感しましたが、国際情勢は刻々と変化していきます。今日と同じことが明日もあるように思っていると、想定外の大きな変化が突然起きたときに冷静に対応できなくなります。

フィールドでは「判断力」、「決断力」も大切です。物事を決めるときに、必要な情報や時間が十分にあるとは限りません。ぎりぎりの状況で「本部に問い合わせます」などという悠長なことは言えません。本部と時差があったり、通信手段が整っていないことも多いです。常日頃から状況を大局的、戦略的に見る訓練や、さまざまな仮説のシナリオを頭の中で作って、それぞれの場合にどう対応するかをシミュレーションしておくなど、常に危機管理の心構えが求められます。

そして言い古されていますが、「コミュニケーション能力」も大切な資質の一つです。それは決して語学力のみではなく、人として尊重し合いながら、自分が望む合意形成へと促していく力でしょうか。国連では、さまざまな宗教や文化を背景とする人たちとチームで仕事をします。特に途上国の現場や紛争地域では、日本では想像できないようなシビアな現実の中で生きている人たちもいます。オープンな心構えでいること、敬意をもって人と接することは最も基本的なことでしょう。

このような能力は、国連職員でなくても今の時代に仕事をする上ではとても有益なものだと思いますので、大学卒業後どのような仕事に就いても、ぜひこういった資質を磨いていってほしいと思います。

海外で子育てをしている親御さんに、メッセージをお願いします。

異文化の中で多感な子ども時代を過ごすという経験自体、貴重な価値があります。語学力だけでなく、グローバルな社会で生きるのに必要なEQ(Emotional Quality)を自然に身につけている可能性も高いでしょう。

学校生活においては、お子さん自身がぜひ行事に積極的に参加することをおすすめします。文化祭や体育祭のような行事や、生徒会や部活動等自分が所属する組織や社会の公的活動に関わることで、計画の立て方、人員や予算配分、交渉術など、社会に出てから役に立つスキルを、知らず知らずのうちに学ぶことができるでしょう。試験の勉強ばかりではなく、このようなプロジェクトで知恵を絞ったり、共通の目的のために仲間と議論したりする経験を積むことは、とても意義のある学びだと思います。

また、海外で長く暮らすお子さんも増えていると思いますが、外国と共に自分の母国のことをよく知り、リスペクトする気持ちを持つことも大切でしょう。国際機関の職員は、国籍で人事登録されますからいずれにしても周囲から日本人として見られ、その存在自体が日本の「顔」になります。グローバルな視野で仕事をしつつ、日本人として国際貢献しているという意識も持っていただければと思います。

国際機関の仕事は、今日の世界が直面するさまざまな課題に対して、世界中から集まった、志を同じくするプロフェッショナルと共に働く大変希少な仕事です。物ごとの考え方、仕事へのアプローチは人により大きく異なりますが、そうした中で協力し合いながら世界のために自らの能力を発揮して貢献できる喜びや感動は他の仕事にはないものべて高く評価されています。ぜひ自らの力を信じて、多くの人に挑戦してほしいと思います。特に海外在住の方にとってはアドバンテージがある選択肢の一つだと思いますので、このようなキャリアパスを現実的なものとして考えていただけたら嬉しく思います。

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