グローバル教育
日本貿易振興機構(ジェトロ) シンガポール 所長 長谷部 雅也 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

貿易立国を自任してきた日本ですが、バブル経済崩壊後の長期 低迷期を経て、今改めて新しい市場を求めて多くの企業や機関 がアジア進出を果たしています。日本マーケットが縮小する中、アジア圏の成長を取り込みたい日本経済にとって、シンガポールJETROさんの果たす役割は極めて重要だと思います。まずは 御機構の紹介をお願いします。

JETRO は日本の貿易投資促進機関で経済産業省の管轄になります。 現在は独立行政法人という形態ですが、前身は特殊法人日本貿易振興 会で 1958 年設立です。世界 75 ヶ所、国内 40 ヶ所の広いネットワークがあり、東南アジア諸国連合(ASEAN)ではブルネイを除くすべて の国に事務所があります。

業務内容は貿易投資促進機関として 4つあり、1つは対日投資の促進です。海外からの直接投資残高は約17兆円で世界的に見るとまだ小規模で、政府が 2020 年までに 35 兆円という倍増目標を掲げ成長戦略を立てています。

2つ目は日本の中小企業の海外展開の支援です。シンガポール事務所だけで年間 2,000 社以上の企業が相談に来られています。シンガポー ル事務所を通して ASEAN 各国の事務所を紹介し、現地でもサービス を提供しています。

3つ目は農林水産物・加工食品の輸出促進です。今年4月にアジアでは最大規模の食品見本市である「フード&ホテルアジア」に参加しました。周辺各国からバイヤーが来て出展者とビジネスマッチングを行い、多くの成約につなげました。日本の農林水産物は現在5,000億円くらいの輸出規模なのですが、2020 年までに1兆円という成長戦略 を掲げており、その支援をしています。

4 つ目は ASEAN 各国の経済産業、日系企業の動向の調査、情報収集・ 提供です。各企業がシンガポールを地域統括拠点にしているので、我々 もそれに対応するように情報を収集し備えています。先の3つの事業 の柱と合わせて実施しています。今年予定の ASEAN経済統合を控え、 高成長が予想されるこのマーケットを有効に取り込む意義は大きい と、我々も考えております。

さまざまな分野にわたる業務をカバーされる御機構が持つ海外 ネットワークの維持・拡張は大変重要だと思いますが、国際的な機関で必要とされる人材というのはどのような方々ですか。

現地の人や組織との橋渡しは大変重要な仕事の一つです。シンガポールをはじめ ASEANの大使館、政府機関、ローカル企業へのアプローチを常に行っていますが、そこで重要な要素は異文化での適応力に優れている人です。文化だけでなく社会、環境の違うところで仕事 ができ、生活もできるという人材です。JETRO の場合は全体の職員の 数に比べてネットワークの数が多いので、一般の日本企業と異なりほぼ全員が海外に行きます。そのため海外適応力がある人材を求めてお り、また実際にそのような人材が多く入ってくる傾向が確かにありま す。人材像や能力は一概には言えないですが、語学能力は最低限必須だと思います。JETRO では約 4 割がトリリンガルで帰国子女の比率は高いです。私が入った頃は留学を 1 年した程度でも珍しい時代でした が、大分変わって来ました。しかし第 2 外国語は後から習得しても良いので、まずは素地としてのコミュニケーション力と英語力でしょう。 英語を身につけていることはもはや当然のことと考え、現在では JETRO に入った後の語学研修は中国語をはじめとする英語以外の言語です。

多言語環境にある JETRO シンガポールさんから見て、現在の日本における足りない要素や伸ばすべき点はどのようなところでしょうか。

外国からの対日投資を促進するためにシンガポールの会社を回っていますと、日本における言葉の壁の問題が非常に大きいと痛感します。 なぜ日本に進出しないのかという理由を聞くと、「日本は難しいマーケットで、その中の大きな要素が言語の問題だ」と何度も言われます。 外国人にとって日本における言語の壁が未だに大きいことが驚きであり衝撃でした。アジア圏だけでなく世界の交流がこれだけ進んでいる グローバル化時代に本当に信じられない思いです。「2020年までに対日直接投資残高を2倍」という目標に向けて必ず超えなければならないハードルだと位置づけています。ビジネスレベルで多くの日本人が英語を話す必要はないのですが、ただもう少し英語が日常的に使える ような環境が進むことを切望します。アジアでは官公庁の書類でも英 語が併記されていますが日本は和暦を使っていますし、確定申告も全部日本語です。こういう手続き書類一つ見ても、外国人には大きなストレスになると言われます。

ただ日本マーケットが縮小しており、海外マーケットに展開せざるを得ない現在、日本企業も日本政府も今変わらなければならないという危機感は非常に強いです。昨年初めて訪日外国人観光客が 1,000 万人を突破した功績は官公庁・日本政府観光局と関連業界全体のたゆま ぬ努力の結果だと思います。グローバル人材育成、行政システム改革、産官学の協力などの分野でも、観光業界のように知恵と行動が求められると思います。シンガポールも「外国との交流をしなければ国家が成立しない」という危機感から国家システムや教育を考えてきましたので、大いに参考にして学ぶべきでしょう。シンガポールの意思決定のスピード感にはいつも驚かされます。

長谷部さんのご経歴上、欧米とアジアを見られていると思いま すが、アジア圏において日本企業が本来の長所を活かして、日本の強みを発揮できるものでしょうか。今後経済成長が見込まれるアジア諸国で日本企業が共に成長していくことは大きな課題だと思います。

欧米とアジアでは全く異なると思います。アジアは文化的にも歴史 的にも距離が近いので、欧米に比べてアジアの方がビジネスとしては 障壁が少ないと思います。歴史的にも日本企業のプレゼンスはアジア では大きいです。1891 年には日本企業初のシンガポール支社ができて 商業ビジネスを開始し、その後多くの企業が進出しております。日本企業の駐在員を表す「グダン族」という言葉も作られたほど、日系企業は現地社会に定着していきました。これに対し、欧米では現地の企業活動が先に進んでいたところへ日本が入るという形態だったのでシェアを取ることは容易ではありませんでした。特にヨーロッパはその傾向が強いです。アジアは日本への親近感や文化・宗教・民族的なある程 度の同質性もあり、東洋的な発想で共感しやすいのではないでしょうか。ASEAN経済統合を控え、経済成長が大きいこともプラス材料です。東南アジアの成長とともに我々も日本企業の支援を一層進めます。特に民間では難しいJETROの多岐に渡るネットワークを駆使した情報の提供など、JETRO として誠心誠意取り組みたいと考えています。

ただ人材の入れ替わりが激しいという点は、日本企業の皆さまの苦 労話として頻繁に話題に出てきます。せっかく教育・育成しても、辞められて無駄に終わることも多いようです。特にシンガポールは欧米 型の労働マーケットなので雇い主が容易に解雇できる反面、労働者側もドライに転職しやすいことは事実です。優秀な人材確保では、皆さん非常にご苦労をされています。

シンガポール在住の日本人の皆さまに、具体的なアドバイスをいただけますか。

海外で生活し教育できる機会に恵まれたのですから、現地の人と交わってそれを思う存分に生かすことに尽きるでしょう。日本からお子さんを単身で1年間の海外留学に行かせることを考えれば、いかに恵まれた環境にいるか理解できると思います。私の経験上欧米ですと完璧な英語を話さなければいけないというプレッシャーがありますが、アジアでは割とブロークン英語でも通じ合えるので英語の苦手な方もお子さんも同じアジア系同士、非常に馴染みやすい環境だと思います。しかもシンガポールはアジアの中でも先進国で、教育の場としても優れています。

これだけグローバル人材と叫ばれながらも、海外生活を送ったことがある子女は日本全体で考えれば、今だに少数派でしょう。親御さんには、お子さんがそんな貴重な存在だということをぜひ肯定し応援していただきたいと思います。日本に戻ればやはり日本独特の環境や伝統的な価値観があるでしょう。日本の学校や社会が、貴重な経験をしている海外子女とその多様性をあたたかく受け入れ尊重してくださることを願っています。海外での生活では、日本では必要のない苦労を買って出ることにもなります。しかし、その苦労こそが将来の備えだと言えるのはないでしょうか。かけがえのないこの機会を充分に活かしてください。

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