アフターコロナで何が起きるか想定できないからこそ、お子さまにはぜひ好奇心を育んでいただきたいと思います。
何が起きてもおかしくないということは、つまり、無限の可能性に溢れている、とも言えるのですから。
グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。
企業の方からお話をうかがいました。
Q. 御社について教えてください。
当社は1954年に総合商社・三菱商事として発足しました。現在は世界約90カ国・地域に拠点を広げ、約1,700の連結事業会社と協働しながら事業を展開しています。本社社員は約6,000人、事業会社を合わせると8.5万人を率いる大規模な組織です。商社というと皆さんは「貿易」というイメージをお持ちのことでしょう。確かに輸入や輸出、三国間取引など、外国同士をつなぐ事業が当社の創業以来の生業であり現在も肝になる業態ですが、今では貿易業から多様化し、世界中の現場で開発や生産・製造などの多岐にわたる役割を担っています。
シンガポール支店はシンガポール建国前の1955年に開設されました。世界とアジアの結節点である当地の優位性を生かし貿易業が中心で、金属や天然ガス、原油、石油化学製品、更には食料に至るまでさまざまな物資をシンガポールからアセアン域内中心に輸出入してきましたし、船舶事業にも携わってきました。
近年では、都市開発にも取り組んでいます。デジタル化が進んでいる“スマートシティ・シンガポール” で成功体験がある企業と組み、インドネシアのジャカルタ郊外に大規模な土地を購入しました。そこに鉄道や道路をはじめとしたインフラ、商業施設やオフィスビル、住居といった不動産を建設するとともに、さまざまな都市サービスを手配し、街づくりを行っていきます。
Q. どのような人材を求めていますか。
また、社員に求められる資質とは。
当社の本店では、基本的に新卒一斉採用が中心です。ここ数年は約120~130人を採用しており、その内75%くらいが文系、25%くらいが理系出身者です。以前はどちらかというと文系が多く理系は少数派でしたが、近年発生する世界規模の課題を解決するには理系の知識や考え方が必要になることも増えており、理系出身者の比率が増加しています。
当社にとって人材は最大の資産であり、競争力の源泉です。創業以来、さまざまな環境変化に直面する中で、社員一人ひとりが世の中の変化を見極め、事業モデルを変化させて今日に至っています。デジタル化や脱炭素社会の構築が必須となるなど変化が激しい現代においては、どのような変化にも柔軟に対応でき成長を遂げられる人材が求められています。社長や人事部長がよく申しているのは「経営人材」です。経営人材とは、経営マインドをもって事業価値向上にコミットする人材のことです。社員は国内外拠点、及び1,700を超える連結事業会社に派遣されますから、自ずと企業や事業を経営できる資質が必要になります。具体的には次の3つが挙げられます。
1つ目は「構想力」です。目まぐるしく変わる世の中では、将来を見据えた事業戦略を練る力、構想力が求められます。新卒の時点でその力を完璧に備えている人は少ないですが、そのセンスを感じる学生を求めています。2つ目は「実行力」です。社会人として当然の資質ではありますが、人や組織を動かしながらきちんと目標をやり遂げる力です。3つ目は高い「倫理観」です。現代ではSNSなどを通して一瞬のうちに情報が世界を駆け巡ります。社員が少しでも倫理に反する行動を取れば、三菱商事グループに甚大なダメージをもたらしかねませんから法令遵守を浸透させることは不可欠であり、入社の時点で高い倫理観を求めているのです。「経営人材」をできるだけ多く育成することこそがまさに当社の人材戦略であり、これら3つの要素を常に社員に求め鍛え上げ、そのために必要な教育も行っています。
当社は原則として、入社8年目までに全社員が海外経験を積んでいきます。あらゆるビジネスが日本国内だけでは成り立たなくなっている今、早い段階で海外経験を積むことで世界の多様性に触れ、将来的に多文化・多国籍の部下を率いる力を養ってもらいたい、と考えているからです。社歴が浅いうちに敢えて失敗し恥をかくことで、失敗のパターンを理解・反省し、消化していくことで耐性もついていきます。社長が入社式で「ここ一番で踏ん張る強い力=胆力」を持つことも鼓舞していますが、その胆力こそ、失敗の繰り返しから養われていくのです。
Q. アフターコロナに向けて取り組まれていることは。
現在私はシンガポール支店において、ポストコロナ、ニューノーマルの時代を見据えた「働き方改革」を実施しています。具体的には、オフィスのフリーアドレス化、業務プロセスのデジタル化、また在宅と会社勤務の選択制を恒常的に取り入れ、時間管理の概念も無くすなど就業規則や人事制度の改定を行っています。コロナ後はどのような世の中になっているかは想像もつきません。先行き不透明な社会でどう取り組んでいったら良いのか、恐らく幾多ものトライ&エラーを重ねながら探していく長い旅になるでしょう。その際、決められたことだけをこなしていく人・組織では立ち行かず、失敗から新しい知恵を見出しビジネスにつなげていく先進的なサイクルを確立しなくては生き残れないでしょう。
シンガポール支店は1955年の開設以来、業績は非常に安定していました。しかし、今後を見据えると、この状態がいつまでも続くとは限りません。今こそ改革をしなければ、いざという時に馬力が効かなくなるのではという危機感があります。今回の改革では社員が皆、プロフェッショナルとして2つの“ジリツ“―即ち「自立」と「自律」をしっかり備え、その個人で構成された組織にするという目標を定めています。一人ひとりがプロになれば、自ずと組織はプロ集団となります。
最大のチャレンジは、これまで安定した環境下で業務を続けてきた、しかも多国籍・多文化の社員たちにどのように変化を促すかということです。人は成功体験が大きいほど、なぜ変えなくてはならないのかと思うものです。会社やこの支店が潰れようとしているわけでもないのになぜ改革しなければならないのか、それを懇切丁寧に説明し、時にいろいろな仕掛けを施し、小さい成功体験を積み重ねてもらいながら、辛抱強く地道に変化を誘発していくことが肝要と感じています。
Q. 御社のアイデンティティとは。
また、どのように多国籍・多文化のスタッフに伝えていますか。
当社には「三綱領(所期奉公、処事光明、立業貿易)」という哲学があり、1920年の三菱第四代社長 岩崎小彌太の訓諭のもと、34年に旧三菱商事の行動指針として制定されたものです。これが三菱商事グループの企業理念となり、役員一人ひとりの中に強力なアイデンティティとなって受け継がれています。
「所期奉公」とは、世の中の為になるようにつくしなさい。「処事光明」は、何ごとも公明正大に取り組みなさい。「立業貿易」は、貿易を通じて国・世の中の発展に寄与しなさい、を意味しています。この哲学は英語にも訳され関係会社も含めた全世界の社員に徹底的に刷り込まれています。当社にはさまざまな研修がそれぞれのレベルで行われますが、どの研修でもこの哲学の説明から始まります。骨身に染みて分かるほど強調される部分なのです。シンガポール支店の現地社員も「三綱領」と日本語で言い、英語でも完璧にこれら3つのポイントを説明してくれるほどです。そして仕事をしている時に、「それは三綱領の精神に合わないのではないですか」と、我々管理職が逆に指摘されるほど染みついているアイデンティティであり、社員・組織の中で深く浸透しているのです。
Q. 海外で暮らすご家族へのメッセージ
海外で暮らすということには、不安が付き物です。ご赴任時にはお子さまが現地の生活に馴染めるだろうか、そして数年後に帰国する時には、受験の心配も含め日本の学校にうまく適応できるだろうかなど、例を挙げればきりがありません。そのような不安を完全に取り除くことは難しいですが、その不安と同居しながらも、駐在期間中にどれだけ積極的に物ごとに取り組んで活動していくかが大切だと感じます。お子さまは必ず親を見ているものです。親御さんご自身が自ら楽しみ積極的に行動していけば、お子さま自身も前向きになり、活躍の場が広がっていくのではないでしょうか。その経験がお子さまの人生において大きな財産になると確信しています。
アフターコロナでは、これまでの常識が通用しなくなるかもしれず、何が起きるか想定すらできません。そのような時代だからこそ、お子さまにはぜひ好奇心を育んでいただきたいと思います。いろいろなことに興味を抱きアンテナを張って取り組むことで、思いもよらぬ発見やチャンスに出会えるかもしれません。何が起きてもおかしくないということは、つまり「無限の可能性に溢れている」とも言えるのですから。
会社概要
三菱商事株式会社
1954年、総合商社・三菱商事が新発足。単なる商取引にとどまらない開発投資型ビジネスをグローバルに展開。天然ガス、総合素材、石油・化学ソリューション、金属資源、産業インフラ、自動車・モビリティ、食品産業、コンシューマー産業、電力ソリューション、複合都市開発の10グループ体制で幅広い産業を事業領域としており、貿易のみならず世界中の現場で開発や生産・製造などの役割も担う。