グローバル教育
なぜ「国際バカロレア」なのか | 第5回 企業からの評価編

世界経済の急速な変化に伴い、ヒト・モノ・カネ・情報が瞬時に国境を越える時代になりました。日本の産業・経済界では、この変化に対応できる国際感覚を備えた人材の確保が課題になっています。教育改革においては産官学が協働で問題意識を持ち、この変化に対応できる人材の育成に取り組んでいます。

このような状況の中、国際バカロレア(IB)教育への関心が年々高まり、IBを導入する中等教育機関が増えるとともに、大学もIB入試の門戸を開きつつあります。

今回は最終回として、日本経済団体連合会(経団連)教育問題委員会企画部会委員、日立製作所理事・人財統括本部の田宮氏に、IBに対する企業側の評価についてお話を聞きました。

Spring編集部が聞きました

日本経済団体連合会 教育問題委員会企画部会 委員、
(株)日立製作所人財統括本部副統括本部長 兼(株)日立総合経営研修所取締役社長
田宮 直彦(たみや なおひこ)氏

田宮 直彦(たみや なおひこ)氏 田宮 直彦(たみや なおひこ)氏

入社以来、人材育成に関わるとともに、Hitachi America, Ltd. Senior Vice Presidentも歴任。長年の経験に基づくグローバルな視点で、世界が求める人材の育成や教育活動に尽力。ユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)日本協会理事も務める。

経団連さんでは、長年にわたり海外のIB校への日本人生徒の派遣を支援されてきました。ここにきて日本企業のIBへの理解は深まっていますか。

IBを取得して日本の企業で活躍している方の絶対数がまだ少なく、具体的にIB教育のどの部分が社会で役立っているかに関して、総じて日本企業の理解度はまだそれほど高くはないと言えるでしょう。政府が「日本再興戦略」のもとで、2018年までにIB導入校を200校へ大幅に増加させるという数値目標を掲げていますが、まずはしっかりその目標を達成すべきです。全体数を増やすことでIBの存在感をアピールし、取得した人たちが日本の産業界で活躍する状況を早く確立していただきたいと思います。

そうなれば、日本の産業界でもIB取得者の分析力・思考力の高さやプレゼン能力が、実社会の中でいかに際立つかが具体的に見え、IB教育に対する理解が一層深まってくると思います。まずは、一定数の卒業生を出していくことが大切でしょう。そのためにもIBのカリキュラムや大学入試での活用について広く周知していくことが望まれていると思います。

ただ、現在導入が進んでいる学校の多くは私立のため、家庭の金銭的な負担も大きくなります。所得格差が学力格差につながらないように、今後は是非、公立校でのIB導入を進めて行くべきだと強く思います。

写真提供:日本経済団体連合会 IB校であるUWC コスタリカカレッジにて 写真提供:日本経済団体連合会 IB校であるUWC コスタリカカレッジにて

企業が求める「グローバル人材」の必須条件とは何でしょうか。

2015年3月に経団連で、「産業界が求めるグローバル人材についてのアンケート」を実施しています。その結果は興味深く、求められる資質が語学力以上に、「多様性への理解や寛容性が重要」という認識を多くの企業が持っています。

【調査対象】
経団連会員企業 1, 314社
地方別経済団体加盟企業(非会員企業)
【実施期間】 2014年11月25日~2015年2月6日
【回答数】 463社
内訳:◆ 製造業236社 ◆ 建設業32社 ◆ 電気・ガス・水道業13社◆ 運輸・通信業32社 ◆ 卸・小売・飲食業47社 ◆ 金融・保険業36社◆ 不動産業8社 ◆ サービス業22社 ◆ 情報関連業16社 ◆ その他21社
●経団連会員企業 243社(回答率18%)
● 非経団連会員企業 220社(以下の30の各都道府県の地方別経済団体に加盟する非経団連会員企業)

グローバル事業で活躍する人材に求められる素質、知識・能力 グローバル事業で活躍する人材に求められる素質、知識・能力

具体的に見ていくと、1番目に「海外との社会・文化、価値観の差に興味・関心を持ち、柔軟に対応する姿勢」が上がっており、2番目には「既成概念にとらわれず、チャレンジ精神を持ち続ける」が続くことから、企業の重視するポイントが分かると思います。ようやく3番目に「英語をはじめ外国語によるコミュニケーション能力を有する」が出ており、4番目に「グローバルな視点と国籍、文化、価値観、宗教等の差を踏まえたマネジメント能力」と続きます。

もちろん英語力は大切です。一番重要なのは「英語でも躊躇せずに話す勇気が持てるかどうか」です。英語はツールにすぎない、と言う方もいますが、ツールがないと表現すら出来ませんから、重要であることは言うまでもありません。グローバルなビジネスでは、日本人同士のように阿吽(あうん)の呼吸は通用しませんので、単に伝えられるレベルの英語力だけでなく、論理的に説明し海外の人々とタフな交渉を行い、説得できる力がビジネスでは求められています。

アンケートの中では、「企業が考えるグローバル人材の定義」に、下記のような回答も見られました。

【A社/建設】
① 多様性の高い仕事環境でマネジメント力とリーダーシップを発揮して成果を出す人材② 高度で複雑化する業務において課題を一つひとつ具体的な行動レベルに落としてやり抜く実行力のある人材

【B社/商社】
① 高い志を持ち相手を尊重しながら国籍・人種・性別を超えて信頼関係を構築できる人材
② 多様な価値観を組み合わせて新たな価値を見出し円滑なコミュニケーションを通じて周囲を巻き込みながらビジネスを作り上げる人材

【C社/電気・ガス業
① 言語・文化・宗教等の相違を踏まえて物事を理解判断し実行に移せる人材
② 他国間での折衝に際し充分なコミュニケーションができるだけの語学力を有する人材③ 異文化を受容し現地の人々と共生できる優秀な人材

お気づきの通り、これらの資質・素養は「IBの学習者像」と酷似しています。決してIBでしか養えないとは言いませんが、IBは、企業が求めている資質を身につけられるプログラムであることが明らかだと思います。それゆえ、経団連としてもIB導入校を大幅に増加することを支援しているわけです。

企業の「グローバル人材」の採用や活用に向けた取り組みを教えてください。

日本企業は、これまでの前例やノウハウが通用しないビジネス環境に置かれており、過去の経験にとらわれない、新たな発想を生み出す多様な人材を求めています。

各社へのアンケートの結果は下記の通りです。「グローバルに活躍されることが期待される日本人人材」を採用する取り組みについては、「通年採用、秋季入社、通年入社制度など採用活動の多様化」(147社、48%)や「海外留学や、ギャップ・イヤー等を活用した多様な体験を積極的に評価」(126 社、 41%)を挙げる企業が多数を占め、多くの企業が多様な人材を積極的に採用しようとしていることがわかります。

日立製作所では2011年から「グローバル人財マネジメント戦略」を推し進めており、世界中の日立グループ社員の人事データを統一したデータベースを作り、また人材評価の基準をグローバルで統一し、これを基に国籍の壁を超えて優秀な人材を選び育成する制度を導入しています。このような制度の導入により、多様な国籍のスタッフが一緒にプロジェクトを組んで仕事をしたり、国境を越えて人事異動を行うことが容易になってきましたが、それに伴ってこれまで以上に異文化コミュニケーションを重視し、他者を尊敬し合える資質を持った人材が不可欠になっています。

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