グローバル教育
大妻中野中学校・高等学校 校長 宮澤 雅子氏

~「教育」の可能性は無限~

はじめに

私は、教育の現場に立ち40年近くになります。その長年の経験から持ち続けている確固たる信念があります。それは、人間が持っている力は無限で、想像をはるかに超えるほどの可能性を秘めており、それを最大限引き出すお手伝いをするのが教師の使命だということです。

自然災害や民族紛争など、今現在も地球規模で解決すべき課題が次々に起きています。 この日々刻々と変化する問題を解決し、より良い世界に変えていくことができる唯一の方法は、「教育」です。「教育」をもってこそ、全人類が理解し合え、恒久の平和が実現できるのではないかと思います。「知識注入型」教育が中心の日本は先進国に遅れをとっていると評されており、また、不十分な英語スピーキング力でも、世界におけるコミュニケーションで遅れをとってしまうことは明らかです。まずは自分の学校から変えていき、社会のさまざまな局面で柔軟に対応できる人材を送り出すことが出来れば、それこそが真の社会貢献になると信じています。

大妻中野中学校・高等学校 校長 宮澤 雅子氏 大妻中野中学校・高等学校 校長 宮澤 雅子氏

「やる気スイッチ」を入れるには

親御さんは皆、お子さんには社会で活躍できる人になってほしい、と願っていることでしょう。ところが、現実は思うようにいかないことの方が多いと思います。でも、「もっとお子さんを信じてください」とお伝えしたいです。なぜなら、子どもは皆、必ず秀でた何かを持っているからです。しかし、その才能を遺憾なく発揮できる子とそうでない子がいるのは確かです。では、その違いはどこから来るのでしょうか。その違いは極めて明解で、「やる気スイッチ」を入れることが出来たか否かです。そのためのポイントとなるのは、以下の4つだと考えています。

一つ目は、目標を「高め」に設定することです。実際には近くまでは届くけれど目標には届かない。ならば、はじめから目標設定を引き上げようではありませんか。

私は、校長職とともに、本校の合唱部を創部から40年近く育てています。これまで数々の全国大会に出場し、TBS全国音楽コンクールで2年連続の優勝も経験しました。そこまで、100人以上の部員の指揮をとり、全国大会常連校の座を保ち続けるのは決して簡単なことではありませんでした。今日までいかに生徒のやる気を引き出すかを日々模索し続けています。

いつも生徒に言っていること、それは「人生は一度きり、だからこそ自分が持っている良いものを最高まで伸ばそう!」です。掲げる目標はもちろん「絶対に日本一になる」。こうして生徒たちの士気を一気に高め、やる気スイッチを「オン」にします。この作戦で毎回成功できるわけではありませんが、結果のみでなく、大きな目標を掲げそこまで行こうとするその過程にこそ意味がある、と考えています。

二つ目は「成功したイメージを与える」ことです。具体的なイメージなくしてやる気を持続させることは非常に難しいと感じます。合唱部の指導では、卓越した同年代の演奏をいくつも実際に聴かせるようにしています。すると、生徒たちは「何でこんなに美しく心に響く歌声になるのだろう」と奮い立つ気持ちになり、模範となるイメージに到達したいと強く願うことで、やる気をさらに強化することができます。具体的なイメージを持たなければ、過酷な練習に励もうとはしないでしょう。

三つ目は「自己肯定感を持たせる」ことです。「あなたは、なくてはならない大切な存在だ」という思いを、ことあるごとに意識的に伝え、その子自身に自分の存在意義をしっかり芽生えさせるのです。自己肯定感は安心できる、心の居場所につながります。どんな人間も完璧ではありませんが、必ず良いところがあるはずです。そこを見出し認めてあげれば、それがきっかけとなってすべてのことに自信が持てるようになり生き生きとして、更なる高みに向かって挑戦できるのです。特に多感な中学生の時期に自己肯定観をしっかり確立できれば、その後の精神的な成長にも良い影響をもたらすと言われています。

四つ目は、「あえて壁を作る」ことです。何ごとも向上していく過程では、幾多の壁を乗り越えなくてはなりません。「火事場の馬鹿力」とか「断崖絶壁」という言葉がありますが、人間は岐路に立たされたときに、その人が持つ限界に近い力が発揮できるものです。あえて目の前に乗り越えるべき高い壁を作ってあげることが、その子を更に伸ばす秘訣だと考えます。

例えば、大切なコンクールの前は、皆必死で練習に取り組んでいます。「よく頑張ったね」とねぎらう言葉をかけてあげたい気持ちを抑え、あえて厳しい言葉を伝えます。培った力を直前にもう一ランク引き上げるには、そのタイミングでねぎらってしまうと、緊張感がゆるんでしまいます。こうするには、日頃から培った互いの信頼感がないと難しいですが、心を鬼にして子どもたちのために更に目の前に高い「壁」を作ります。そうすることで、本番で実力以上の力が発揮され、結果的に大きな達成感を得ることが出来るのです。

 

良き指導者とは

「子は親の背中を見て育つ」と言われますが、生徒たちを見ていると、この親にしてこの子ありと感じることが多々あります。親御さんご自身の考え方や価値観が、そのお子さんから感じ取れる場面があります。これは、親子関係だけに当てはまることではありません。教師と生徒にも言えることだと思います。「この先生にしてこの生徒あり」ですから、教師はその責任を常に自覚していなければなりません。

本校の教員には、コンクールや試合、大学受験で思うような結果が出せなかったときは、まずは指導者としての在り方を省みるように指導しています。ある指揮者のセリフで「そこに悪いオーケストラはない、悪い指揮者がいるだけだ」という有名な言葉があります。あんなに頑張ったのになぜ優勝できなかったのか、合格できなかったのか、という原因究明の矛先は、まずは指導者自身に向けられるべきだと思うからです。

お子さんが間違ったことをされたとき、頑張ったけれど不本意な結果になってしまったとき、ご家庭ではどのような声がけをされるでしょうか。「なぜそんなことをしたの?」「もっと勉強をすれば良かったのに」など、ついお子さんを責めてしまいたくなることもあるでしょう。しかし、思春期でもあるお子さんは、子どもと大人の狭間にいて精神的にも身体的にも不安定な時期にあるため、些細なことが気になる年ごろです。多感なこの時期だからこそ、頭ごなしに言うのではなく、良き指導者として自分の感情はひとまず抑え、親御さんにもかかわり方を工夫していただくことをおすすめします。

「情操教育」の大切さ

授業の様子 授業の様子

情操教育とは、感情や情緒を育み、心の働きを豊かにするための教育のことで、字のごとく「情」を「操る」教育を意味します。子どもの教育は、学校だけで行えるものではありません。むしろ半分以上はご家庭で行われると言えるでしょう。そうであればこそ、家庭環境は非常に重要で、日常生活のさりげない一コマも、すべて教育環境の一部になり得るのです。

日常生活では、至るところにチャンスがあります。例えば、人と人との関わりのなかで「おかげさまで」と「感謝する」心、過ちを犯した時に素直に謝る心などです。これらの心を持つためには、日々の生活の中の何気ないシーンでお子さんに見せ伝えてあげることが大切です。かしこまった教えよりも、声かけの積み重ねこそが情操教育としての役割は大きいと言えるでしょう。親御さんがどのような反応をして、どのような声かけをするかで、子どもたちの情緒や人格は大きく変わってくるからです。この子は本当に素晴らしい子だな、と思うお子さんの親御さんは、やはり同じように素敵な方なのです。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

本校の在校生のうち1割以上が帰国生ですが、帰国生のご家族と面接をする度にいつも思うことは、本人も親御さんも、ずっと日本で育った方の何倍もの苦労をしていらっしゃるということです。日本から海外に出る時、知らない世界に飛び込んでいくことがどれほど不安なことか。文化も言葉も全くわからない環境のもとで精一杯やっていこうとする努力、それは本当に尊いことだと思います。そして数年後、せっかく慣れた生活環境から一転し、再び日本に帰ってきて新たな異なる世界に飛び込むというのがどれほど大変なことでしょうか。そのような幾多の困難を乗り越えているからこそ、皆さんは実にしっかりされているという印象を持っています。

そこに至るまでお子さまを導かれた親御さんのご尽力も、さぞ大きかったと思います。その分、お子さんはこれから社会に出るにあたり、既に大きな宝物を持っているようなものです。もちろんまだ成長過程ですから、その成果が表れていないと感じられる方も多いでしょう。しかし、帰国生の卒業を見届けてきた私は、帰国生の伸びしろの大きさを実感しています。努力は確実に成長につながっていますから、これからの道を、自信を持って進んでいただきたいと思います。

「教育」の成果は目に見えないものです。形がない分、その可能性も無限に広がります。お子さん自身が自らを進化させていく機会を提供できる学び舎を目指し、親身な指導を徹底させることが教育者としての使命である、と私は日々肝に銘じています。

 

※2016年4月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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