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私学5校 教育本音トーク【後編】 ~グローバル時代の海外生受け入れ~

帰国生を積極的に受け入れている私立学校の中から、海城中学校高 等学校・聖学院中学校高等学校・洗足学園中学高等学校・富士見丘中 学高等学校・茗溪学園中学校高等学校の先生方にご参加頂き、前回は各学校の受入れ状況を聞きました。

グローバル化と教育(前編からの続き)

司会:現実に日本の大学に入学したものの、教育環境や教育の質に満足せ ず、退学してしまう帰国生が数多くいます。大学の教育の質が低いこと、 勉強する環境ではないこと、インター校で懸命に頑張ったIB(International Baccalaureate)の結果が評価されないこと等が理由です。そのうち経済的 に余裕のある学生は海外の大学に進学していきます。日本の大学教育がグローバル化の流れに追いついていないということでしょう。

 

司会の 後藤 敏夫 氏(World Creative Educations代表)海城:グローバル化は、具体的には労働市場のグローバル化として現れ、 それは人材のグローバル化につながります。OECD(経済協力開発機構) が3 年毎に実施しているPISA テストは、こうした労働力としてのグロー バルな能力を指標化すべく開発されたテストで、そこには全人教育的な発想は全くありません。

 

 海城が帰国生を受け入れる際に、専門家にこれまでの本校の教育プロ グラムを検証してもらったところ、20 年に亘る学校改革の取り組み(社 会科・理科の探求型総合学習の積極的な導入等)により、新しい学力としてのクリティカル・シンキングの力を養成することはおおよそ出来て いてPISA の水準は超えている。今後はIB に目を向けるように言われまし た。ここぞという所で、価値判断(価値軸)が大きくぶれることのない真 のリーダーの育成には、IBの持つ良質のリベラルアーツ教育が必要だというのです。

 

海城中学校高等学校教頭 中田 大成 氏 更に世界でリーダーになるには、リスクテイクする精神が必要だとも言 われました。そのためにも、「これからは若いうちに一度は海外に出なくて はダメなんです」と言ったら、ある母親に「怖くて出したくない。男の子 は未知なる世界は怖いんです」と言われ頭を抱えたこともありました。(笑)

 

茗溪:本校は、男女ほぼ半々の共学校で、様々な活動の中に海外との交 流活動があります。2 週間の短期の交換留学制度(イギリスとニュージーランド)があり、この応募者は、2 対1 で女子が多い。また、科学研究活 動でアメリカでの調査研究活動の希望者を募ったら、やはり女子の方が 多く応募してきました。男子もいますが、明確で意欲的な意思表示をし てくる生徒は女子です。海外へ出て行く気持ちを持っている生徒も女子 の方が多い。本校に入学してくる生徒は、外向き傾向がありますが、そ れでも茗溪の男子生徒の質が変わったのか、世の中全体の男子の傾向と も言われていますが、10年以上前に比べると男子の外向き傾向は減少し ていると言えます。全国大会出場のラグビー部でも、毎年留学希望者が いて、留学後もまたラグビーも頑張る生徒がいましたが、この7,8 年は 全くでてきていない状況です。いろいろなことに挑戦する気概が、男子 で低下してきたのか、もっとハッパをかけなければなりません。

 

茗溪学園中学校高等学校 校長 柴田 淳 氏 母親が子離れできていないという傾向も感じます。子供の数が減った からか、一人っ子を手放せない親の気持ちなのか、親の意識改革も必要 かもしれません。

 

聖学院:草食系男子などと揶揄されているように、内向きな男子生徒や 若者が増えているかもしれません。夏に行政が行っている北米の海外研 修に参加した高2 の生徒の話ですが、短期留学( カナダ) を募集(15 名) し たら、65 名応募があり、内50 名が女子だったそうです。採用された生徒 は12 名が女子、男子は3名。また、昨年、ニューヨークの日本を代表す る企業数社の人事部長の方々とお話しする機会があり、海外勤務を打診 すると「できれば行きたくない」と答える若い社員が増えていると言う ショッキングな話を聞きました。小さい頃から安定志向を求めた両親に 育てられた子供がそうなるのではと危惧します。

司会:私どもでは、海外大学進学をサポートしていますが、実際の進学者の男女比は1:3 で、女子の方が数も多く積極的です。海外在住の子女 も同じような傾向があります。皆さんの学校は海外子女を積極的に受け入れていらっしゃいますが、どんな特徴があると思われますか?

海城:学校見学では子供の態度が明らかに違い、帰国生は人の話を聞けて礼儀正しく、大人や教員に対する恐れや敬意の念を持っています。ところが、国内の子の多くは礼儀を弁えない。また、親もそれを注意しない。海外から来た子は異質な人間に囲まれていたから無礼な行動はしないのでしょう。異質な人間たちの中で生きて行くという負荷を伴う訓練を経ないと謙虚さや自らを律する力は育たないと思います。

 

富士見丘中学高等学校校長・日本私立中学高等学校連合会会長 吉田 晋 氏富士見丘:帰国生と接していつも感じるのは、国内生と比べて大人との接触経験が多いという点です。国内生は一般的に言って、狭い範囲での仲間のつきあいが濃密である反面、それ以外の人と話をしようという志向が貧弱です。これに対し、帰国生は、大人を含めた多様な人々との交流を経験しています。だから大人に対する礼儀を弁えていると思うのです。近年シンガポールとニューヨークで入学試験の面接を経験しましたが、ここでもそういう印象を強めました。

司会:海外子女が礼儀正しいのは、家族単位で活動する機会が多いのも原因だと思われます。家にお客さんを招待して夕食をする、家族ぐるみでパーティーに参加する等の機会に恵まれ、相手との社会関係が理解できる環境にいるからだと思います。

洗足:年2 回の帰国子女説明会では、保護者がとてもしっかりしている印象を受けます。一般の説明会とは随分雰囲気が違い、親が良いプライドを持っていると感じます。学校に対する敬意も持っているので良い関係が築けます。すべての保護者にしっかりしたプライドも持ってもらい、私立にしっかり敬意を持ってもらい預けてもらう。それが大切だと痛感します。

 

洗足学園中学高等学校広報委員長 玉木 大輔氏茗溪:海外の保護者の方々は、異文化体験、生活に慣れるのに苦労した体験から、よりしっかりとした社会性を身につけていると感じています。学校が教育をする上で良き協力者にもなると感じます。

 

司会:海外では、狭い日本人社会の中で個人の進学情報がすぐ伝わり、親は学校のランキング・偏差値の話題に敏感です。学習歴も様々な海外在住の生徒さんに合う学校は十人十色のはずですが、皆が同じような有名校を目指そうとします。大学も同様で立命館アジア太平洋大学(APU)や国際教養大学(秋田県)は極めて就職率の高いすばらしい大学ですが、東京の有名大学に行かせたがる人が依然と多い。今後時代の流れに対応するように、親の意識は変わるのでしょうか?

富士見丘:帰国生入試、特に中学入試において偏差値のみで学校選びが行われ、子供に合った学校か否かが考慮されないケースが多いと感じます。私立が海外で学校説明会をやるのは、偏差値ではなく個性に合った学校があることを伝えたいからです。学校選びを誤ると、入学後に帰国子女の良さを失うリスクがあることをご理解いただきたいと思います。

海城:海外でしのぎを削っている父親は今の時代何が重要かを分かっています。そこにアピールする努力をするべきだと思います。国内でも最近は父親が学校説明会によく来るようになりました。父親の方が学校を偏差値とは違う部分で評価してくれます。

 活力や粘りに欠け、リスクテイク出来ない生徒がいるのは日本全体が同様だからだと思います。かつての家族的なものを失ったことも一因で、人は帰っていくホームベースがないと怖くてチャレンジできないと感じます。アメリカにはキリスト教のセイフティ・ネット、中国には華僑に象徴される親族的ネットワーク、欧州には地域共同体がまだ生きています。戦後の日本はそれらをすべて喪失しました。市場の熾烈な競争でチャレンジしてつまずいても、戻ってくることができる心のより所は生身の人間にとって不可欠です。私学の卒業生ネットワークは公立にはないので、そのネットワークを機能させ助け合いながらチャレンジする環境を作れば、私学は公立と違う力が発揮できるでしょう。

 

日本の学校が求める帰国子女

司会:帰国子女枠で各校の求める生徒のタイプを教えてください。

茗溪:個人課題研究があり、研究することによって自分がしたいことを 見つけます。それをやってみたいと思う子が来れば、とても楽しい学校 生活になるでしょう。寮に入る場合でもトラブルが起こったら解消しよ うとする気持があれば良いが、学校が悪いという態度を取られたら困る し生徒本人にも良くないです。 洗足:果敢にチャレンジする子が多くリスクテイクの出来る子が多いで す。学校の模擬国連では、模擬国連倶楽部を作り活動しており、多い時は100 人くらい集まりやっています。とても建設的です。意欲のある生 徒が生んだ財産といえます。

 

茗溪学園中学校高等学校 校長 柴田 淳 氏富士見丘:子供の数だけ個性があるので個別対応しています。教員にとっ ては本来手間ですが教員の思いとしてやっています。一人ひとりに対応 できるのが私学としてのメリットと思います。組織が大きくなればそれ は出来ないし、帰国子女一人ひとりの差は一般のそれよりも大きいです。

 

海城:「帰国生を受け入れる事=体験の共有化を広げること」とも言わ れ、そのような授業形態を取れば、世界中の経験を共有できます。中国 に行きマナーや公共心に欠ける人々の行動を見て、中国の人々に対して ネガティブな印象を持って帰ってくる生徒もいます。しかし、他国の体験話を聞き、複眼的な思考が出来るようになると、そうした一元的・表 層的な外国人観はしだいに相対化され、その背景について想像すること が出来るようになっていきます。そういう観点から自分の経験だけに固 執するのではなく、他の生徒の体験にも常に心を開くことのできるオープン・マインドを持った帰国生に入って来てもらいたいです。

聖学院:聖学院は21 世紀型教育に挑戦し、グローバル人材を輩出します。 そのために帰国生は欠かすことの出来ない存在です。

 近代社会が誕生して以来、only one for others の夢を見ながらも、社会 は多様な価値観に基づいて、どんどん個人化が進んでいます。多様な格 差も生み出し、姿を変えた戦争は絶えることなく頻発し、持続可能な社 会への道は険しくなっています。この社会を是正することができなかっ た20 世紀型教育に対し、聖学院の21 世紀型教育は、only one for others を達成する人材を輩出する。そして、この“only one for others” こそ、聖 学院が想い描いているグローバル人材です。ですから、海外生活をただ 単に経験しただけでなく、滞在した国の文化や人々の中にどっぷり浸かっ た生活体験をした帰国生に多く入学して来て頂きたいと思っています。

洗足:帰国子女の良さをつぶしたくない。環境が変わっても良いものを もっともっと伸ばしてあげたいと思うのが私学共通の願いです。帰国子 女は、幅広い知識、基礎学力、好奇心を持っていて欲しい。そういった 素養のある生徒を学校は伸び伸びと育てることができます。英語が一つ のカギですが、日本人学校でもインター校でも伸びる子は伸びます。

富士見丘:学校生活に自発的に取り組む姿勢と学ぶ意欲=ここで学びた いという強い想いが大切です。学校に来ることが楽しいというのは自分 で選んだという自信から来ると思います。親に押し付けられたのではな く自分で選ばせてほしい。「私は行きたくなかったのに親が薦めた」ケー スが一番良くないです。決めたからには意欲がほしいし、入る時の成績 よりも入ってからいかに向上してくれるかが重要です。

茗溪:近年国内の生徒で、結果として「押しつけられて来た子」は、行事 に積極的に参加できないとか、ポジティブになれない子が増えています。 毎年一人か二人いてどういう風に変えて行ったらよいか模索中です。皆 で協力して活動すること、実験や実習を楽しむことは、行事や実習の多 い本校では、とても大切な要素です。

司会:本日はお忙しい中、熱心な討議有難うございました。 【おわり】

※2012年3月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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