特集記事
東大9月入学と大学教育の国際化 Vol.1

 2012年1月20 日に東京大学の濱田総長が「今後4-5年をめどに入学時期を一律9 月に変更する」主旨の発表をしました。日本の教育業界、産業界にはかなりの衝撃が走っています。独自路線を貫いてきた日本の大学、それも日本の文字通り頂点に位置する東京大学がグローバル化の波に押されて国際的な標準に合わせることの意思表示をしたと言えるからです。他の11大学 (北海道、東北、筑波、一橋、東京工業、名古屋、京都、大阪、九州、早稲田、慶応) や経済団体との協議の場を設けて意見調整を進めることになっています。 産業界はほぼ一様に歓迎のコメントを出しています。東京大学が9月入学 を決めると、他の大学が追従するのは必定です。
 ただ、日本のマスコミの論調を見ていると、9 月入学の是非に関してのみ焦点があたり、背景にある問題を無視した矮小化したとらえ方が多いようです。9 月入学への変更は単に入学時期の変更にとどまらずグローバル 化という大波にたいして、教育上の「鎖国」をやめて「開国」を決意した最初の一歩といえるでしょう。日本の大学の国際化という視点からこの問題をとらえ直してみましょう。

激変する世界 ~グローバル化の意味~

 そもそもなぜ日本の大学は国際化を急がなければならないのでしょうか。

 「今までも日本はやってこられたではないか。日本の大学の研究・教育レベルは高い。一部の国際化を担う人材がいればいいのでは?」という声もあります。ところが国際競争が激化する環境がそれを許しません。

 この10 数年で世界は劇的に変わってきました。情報革命が進み、人・モノ・金・情報がものすごい勢いで世界中を駆け巡る時代です。中近東の反独裁の動き(ジャスミン革命)や中国の高速鉄道事故に対する民衆の動きはインターネットやツイッターを抜きには語れません。アマゾンドットコムに代表されるネット販売は商品流通のあり方を根本的に変えました。PCとネットワーク環境さえあれば世界中どこへでもアクセスして情報を入手したり、ビジネスに参加したりすることが可能になりました。

 成長市場(つまりビジネスが大きくなる場所)は今や欧米・アメリカ・日本ではなく、アジア・中東・アフリカです。従来、そこは貧困層が過半数を占めていた地域ですが、そこでは中間層といわれる消費財を購買できる層が急増し市場が拡大しています。先進国の企業群にとってもこれらの地域の市場でどれだけ存在感のある経済活動ができるかが鍵になります。そうなるとビジネスと技術支援をこれら成長地域で行うことが中心になります。コミュニケーションの中心は共通語としての英語(+民族語)。そしてその地域の民族性と習慣・嗜好を知り、彼らとうまくやることが焦眉の問題になります。

増え続ける英語を共通語にした留学生

 こうした時代背景の中で、世界の留学生の数は増え続けています。1990年から20 年ほどで約3 倍。成長著しいアジア地域からの留学生はなんと約50%を占めています。

 成長地域を中心に展開するグローバルビジネスは、共通言語=英語で専門教育を受け、多言語を操り、多様な文化に対応できる彼ら=グローバル人材が支えています。彼らの多くはヒンズー、ムスリム(イスラム教徒)、南方上座仏教等の様々な宗教・文化背景を持った非アングロサクソン非キリスト教徒たちです。彼等が中核になって成長地域の英語使用人口が爆発的に増加しています。各国の一流大学は、優秀な留学生(=将来のグローバル人材予備軍)の熾烈な獲得競争を行っています。大学にとって成長地域出身の彼らが在籍することが将来大きな強みになるからです。

純血主義の弊害 ~急速に競争力を失っている日本の大学~

 一方、日本の高等教育は単一民族による日本語という民族語による純血主義を保持してきました。母語という伝達効率の極めて高い言語による高度な専門教育、体育会に代表される縦社会と同一性による暗黙知の極めて高いコミュニケーション(言葉にしなくても理解し合えるあうんの理解)を基礎にしたチームワーク、これが日本の強みでありました。

 ところがインターネットが普及し、グローバル化が進展すると、同一性の高さは逆に弱みになってしまいます。生物の世界でも多様性が崩れると生物界のバランスが崩れ、種が衰退します。「民族の数だけ常識がある」と良く言われますが、宗教・生活習慣・社会習慣・嗜好の異なる多民族の中で、外国語の運用能力の低さのみならず、同一性を軸に育った日本の一流大学卒のビジネスマンの戸惑いと状況不適応の事例は数多く報告されています。

 同じような考え方や志向をする集団の中で、試験における唯一の正解に到達することに長けた、ステレオタイプな思考をする学生たちが増えている日本の上位大学の危機感は大きいと思います。

 濱田総長が2009 年に就任した際に発表した「行動シナリオFOREST 2015」を見ると、その危機感がよくわかります。特に「グローバルキャンパスの形成」「タフな東大生」という目標が掲げられていること自体が衝撃的です。

閉鎖的キャンパスと弱い国際的人的ネットワーク構築力

  グローバル化が進展してくると、在籍した大学を通じた国際的な人的ネットワーク構築力が極めて重要になります。従来、日本の上位大学卒のメリットだった「同級生が上場企業や財務省・経産省の官僚で活躍していること」より「大学で共に学んだ多国籍の友人が世界各国のビジネスマンや政治家、官僚、学者として活躍していること」の方がはるかに有効です。

 「行動シナリオFOREST 2015」の参考資料には驚くべきDATAが載っています。東大では、2010 年5 月時点で外国人留学生は大学院も含め2872 人(7.6%)です。ところが学部生はわずか1.7%。この10 年で外国人留学生は増えていますが、Stanford University…39.3%, University of Oxford…35.4%,NUS(National University of Singapore) … 30.8%、など世界のトップ大学と比べると大きく見劣りします。

 一方、学部在籍中に海外に留学する日本人学生数はわずか48 人。(学部生約14,260 人のうち0.34% 2011 年5月現在)。日本の将来を担うはずの彼等の殆どが、海外の学習体験を経験しないまま卒業していくわけです。(vol.2へ続く)

提供:World Creative Education Group CEO 後藤敏夫さん

※本文は2012年4月25日現在の情報です。

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