~IB教育の現場にいる先生方によるパネルディスカッション~
大阪大学で開催された「G30シンポジウム」。グローバル時代の大学ガバナンスと学部教育について、大学関係者や企業など各界から多彩な講師が参加し、幅広いプログラムで意見が交わされました。
国際バカロレア(以下IB)については、昨年文部科学省が「日本でもIB認定校またはそれに準じた教育をおこなう高校を5年間で200校まで増やす」という目標を掲げていますが、その現状はどうなのでしょうか。日本の大学にもIB教育を受けた学生が入学してくるようになりましたが、まだまだ十分な認知度とは言えないようです。
大阪大学で開催された「国際バカロレア(IB)認定校とG30をつなぐ」では、IB教育の現場にいる先生方をお招きし、その問題点と改善点が話し合われました。
※G30(グローバル30)とは、2008 年に策定された文部科学省事業「国際化拠点整備 事業(大学の国際化のためのネットワーク形成推進事業)」を指します。採択された 13 大学では、留学生等に英語で学位が取得できるコースを提供し、留学しやすい環 境を整備しています。国内外の優秀な学生の受け入れを促進し、日本人学生も留学生と切磋琢磨する環境の中でグローバルな社会で活躍できる人材の育成を図ります。
司会 :
■ 大阪大学 人間科学部教授 山本ベバリーアン氏
パネリスト:
■ オークランド・インターナショナル・カレッジ エグゼクティブ・プリンシパル キャロリン・ソロモン氏
■ 立命館宇治中学校・高等学校 IB 進路指導教諭 黒川礼子氏
■ サンモール・インターナショナルスクール 進路指導教諭 グレン・スコギンズ氏
G30大学とIB高校との相互理解
山本:これまで十分とはいえなかったG30大学とIB高校との対話を通して、相互理解を深めたいと思います。3つの異なるタイプの高校に参加していただき、課題を明確にしていきます。
ソロモン:ニュージーランドのインターナショナルスクール、オーク ランドインターナショナルカレッジの校長を務めています。当校の生徒もG30大学を受験しており、その経験から提言していきたいと思い ます。
黒川:立命館宇治中学校・高等学校でIBディプロマの美術を指導、進 路指導も担当しています。当校は学校教育法の第一条に挙げられる「一 条校」であると同時に、IBワールドスクールに認定されIBディプロマ プログラムが開講されています。
スコギンズ:日本に約20校あるインターナショナルスクールの一つ、 サンモール・インターナショナルスクールで進路指導をしています。 生徒の国籍は50 ヶ国以上にわたりますが、半数は日本国籍をもち、2 割は複数の国籍を保持しています。
IB と日本のカリキュラムの違い
山本:はじめにIBの教育内容について、日本の一般の学校カリキュラ ムとの比較でその特徴を教えてください。
黒川:私はIB美術と日本の高校美術を同時期に教えていたことがありますが、まず大きく異なるのは学ぶ「量」です。日本の教科書では高 2、高3の2年間で合計約100ページなのに対し、本校のIBディプロマ 美術では2年間で約450ページの本を読ませ、知識を付けさせます。 知識がすべてではありませんが、基礎知識がないと、自分の考えを発展させクリエイティブな作品を生み出すことは困難だからです。
次に、IBは「探求型の学習」ということが挙げられます。日本の高 校美術では作品の制作が多いのですが、IBでは制作と同時にInvestigation Workbook を作成していきます。教科書を読み、図書館 でリサーチをし、関心のある内容を選ぶといった一連の学びの結果を、 このワークブックに反映させるのです。学んだ知識をただそこに並べ るというよりは、自分なりに知識を消化し、いかに実際に応用していくのかという視点が大切です。「なぜアート作品を作るのか」といった 質問も投げかれられ、生徒は今まで考えたことがないこと、例えばアート作品と社会・宗教・政治との関係なども自分で探っていくようになります。
また、「評価方法」が生徒に明示されているのもIBの特徴でしょう。 一単元が終わるごとに成績をつけますが、IB機構が定める詳細な解説付きの表を使用します。IBスクールの各教師が評価基準を決めるのではなく、それはあくまでもIB機構が決定します。従って成績評価は透明性が高く、生徒たちはその評価表に基づき、自分が優れている部分と足りない部分を明確に理解します。生徒だけでなく教員も、どこを 強化して教えるべきか、どこに工夫が必要なのかがわかり、教え方を改善できます。
山本:IBカリキュラムで要求される読書の量と、リサーチして探求するアプローチは、大学側も高く評価しています。
学業以外の評価
ソロモン:世界のさまざまな学校で異なる教育プログラムを教えてきましたが、IB ディプロマコースは、大学進学前のカリキュラムとしてはもっとも優れていると思います。幅広く6 分野を学ぶだけでなく、 4000 語の自由課題論文や思考力を高めるTheory of Knowledge も必修です。何よりも素晴らしいのは、学業だけでなく、CAS (Creativity, Action and Service)と言われる約150 時間におよぶ奉仕活動や課外活動がディプロマの取得には不可欠なことです。ご存知の通り、アメリカの大学に出願するときは課外活動を記入しなければなりません。このような活動が必修のIB生は、大学に評価されやすいと言えるでしょう。
?スコギンズ:進路指導を長年担当してきました。同じレベルの教育を 受けてきた生徒間の比較では、IBディプロマを取得した生徒はそうでない生徒に比べ、大学進学実績で絶対的な優位性があります。大学側 のIBカリキュラムへの信頼性は高く、国を問わずディプロマの最終点 だけで合否を決める大学も多いといえます。それは、カリキュラムの中に大学で学ぶような課題が含まれているからです。
G30大学の出願資格
山本: G30大学は日本国籍を持つ生徒の出願を認めていない場合があります。インター校には日本国籍の生徒も多いと思いますが、この点はどうお考えですか。また国際的な視点から見たとき、出願方式についてはいかがでしょうか。
スコギンズ:高校側からみたG30大学への要望点は、出願資格に関する要望と出願手続きに関する2 つです。
出願資格ですが、日本以外の海外大学ではみられない制限がG30大学には存 在します。国籍・年齢・母語(native language)による制限です。このような 制限が、程度の差こそあれ多くのG30大学に存在します。世界のトップ大学を選べる優秀な生徒に入学してほしいなら、この制限は撤廃するべきでしょう。 例えば、日本国籍を持つ生徒の出願資格を認めないG30大学もありますが、日本国籍でもずっと海外で育った生徒、外国籍でも3 ~ 4世代前から日本に住んでいる生徒など、バックグラウンドは複雑で、日本人・外国人と単純には分けられません。また、17歳で多重国籍を持つ生徒であっても、優秀であれば出願可能にするべきだと思います。
出願手続きも世界の大学に比べ非常に複雑ですので、競争力を維持するためにも簡素化が必要でしょう。
黒川:本校は一条校でもありますので、日本国籍をもつ生徒がほとんどです。 IBディプロマを取得し、世界中の大学を目指すことができるのに、日本の大学のG30プログラムは受験できないという状況がおこっています。「なぜ日本国籍だと受験できないのか」という生徒や保護者の問いに、私自身明確に答えられ ません。また、出願にあたってのIBディプロマの最低ラインを他国のように示してほしいと思います。生徒が受験可能なラインを見極めるために必要だから です。
専攻できる科目についても、G30プログラムではとても限られているため、 海外大学を目指さないといけない場合もあります。もっと幅広い選択が可能になるべきでしょう。
ソロモン:日本で教えたこともある私は、G30 プロジェクトの話を聞いたとき「世界の人に日本を知ってもらう素晴らしいプロジェクトが始まった」と思いました。新しいチャレンジですから、ぜひ世界の大学をライバルとして日本の存在 感をもっと高めていってほしいと願っています。
スコギンズ:G30のプログラムはそれぞれユニークで、争う相手は日本国内ではなく、世界のトップ大学だと感じます。学費と利便性も大きなアピールポイントになるでしょう。
IBの現状を探る
国際バカロレア アジア太平洋地域日本事務所・加藤学園暁秀高等学校
ウェンドフェルト延子 氏
日本ではまだ認知度が低い国際バカロレア(IB)の本部を代表して、その現状を説明します。
現在、日本には既に「グローバル人材」と言われている高校生が存在しているにもかかわらず、それが認められていないことを非常に残念に感じます。IBを学習した生徒たちは、過酷なIBディプロマコースを経験したことで、高度な教養を身につけ生涯学習の姿勢を持っています。非常に多様でグローバルな視点を持っていると言えるでしょう。
彼らは単に英語ができるだけではなく、新しい状況下で何が問題かを確定し解決策を探すことで、それに向かって取り組むことができます。進んで行動し結果を出すことができるのです。
IB 生が求めていることは、「大学にIBを理解してもらいたい」「IB 生としてやっ てきた内容をわかってもらいたい」ということです。日本の大学の中で、IBについて正しい理解をしているところはかなり限られています。日本の大学も海 外の大学も選べる立場にあるIB生は、日本と海外の大学を同じ視点で見ていま す。残念なことに、日本の大学は年齢や国籍、過去の教育歴やバックグラウンド等に縛りを設け、生徒の貴重な機会を狭めています。学生そのものが持っている良さをしっかり審査していただきたいのです。
「IB生」イコール「グローバル化されている子どもたち」といっても過言では ありません。日本の大学は、IB生に選ばれる大学として、入試のあり方もカリキュラムの内容も整備が必要だと強く感じます。
2回にわたり、「グローバル時代の大学ガバナンスと学部教育」のシンポジウ ムの様子をお伝えしました。「グローバル化」という言葉が日々の報道で聞かれ る中で、日本の高等教育はまだ多くの課題があることを実感しました。