学校・幼稚園コラム
教育フォーラム・イン・シンガポール ~シンガポールでの進路選択を考える~

6月27日に、シンガポール教育関係者連絡会※が主催する「教育フォーラム・イン・シンガポール」が日本人会オーディトリアムで開催されました。今回は「進路選択」「学校選択」「グローバル人材」の3点が中心に話し合われました。

※シンガポールの学校と塾が「子どもたちのより良い教育のために情報を共有する」という趣旨のもと、2015年に発足。

教育フォーラム・イン・シンガポール   ~シンガポールでの進路選択を考える~

【パネリスト】

石川 晋太郎 氏(学習塾KOMABA塾長)
大里 元美 氏(NUS准教授、熊本大学教授)
倉橋 友住 氏(早稲田渋谷シンガポール校入試広報部長)
齊慶 辰也 氏(シンガポール日本人学校中学部 校長)
前川 嘉宏 氏(シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校 校長)
山下 康次郎 氏(日本人学校 学校運営理事会理事長、JAL支店長)

シンガポールでの「進路選択」

石川 晋太郎 氏(学習塾KOMABA塾長)

石川 晋太郎 氏(学習塾KOMABA塾長) 石川 晋太郎 氏(学習塾KOMABA塾長)

シンガポールは他国と比べ、日本人のご家庭にとって「教育の選択肢」が多い恵まれた環境です。学校の選択は、帰国までに何年間通えるのかや、将来の進路を見据えてインター校にするか日本人学校にするかなど、お子さまに合った進路を選択していただきたいと思います。国際バカロレアのカリキュラムを最後まで取れるのであればとても貴重な経験になりますが、2~3年の期間を英語のためだけにインター校で学ぶのであれば、その後日本の教育に戻った時に、言語の面や表には出て来ない思考力の部分で不利益を被る可能性があるということについても、よく考えて決めるのが良いと思います。

大里 元美 氏(NUS准教授、熊本大学教授)

大里 元美 氏(NUS准教授、熊本大学教授) 大里 元美 氏(NUS准教授、熊本大学教授)

私は、4人子どもがおります。長女は小学校2年生で来星しました。親も初めての海外生活だったため、日本人学校小学部、中学部を経て早稲田渋谷シンガポール校を卒業、そして日本の大学を卒業しました。その下の3人の子どもたちは小学校はインター校、中学から日本人学校へ通い、高校で日本へ帰国するという進路でした。中学校で日本の学校へ戻した理由については、まず一番は「日本人」として育ってほしかったからです。また、子どもたちの英語力が日本語環境に戻しても維持できるだろうと思ったこともありました。何より大切と考えたのは、最終高等教育の選択肢をより多く残すことでした。海外大学に進学した場合、日本と比べたら何倍もの費用がかかります。しかし日本の国立大学であれば、少ない負担で多岐にわたる分野で学ぶことができます。そのため、我が家では日本の大学に将来入学できるように、子どもたちの学習環境を検討しましました。

倉橋 友住 氏(早稲田渋谷シンガポール校入試広報部長)

倉橋 友住 氏(早稲田渋谷シンガポール校入試広報部長) 倉橋 友住 氏(早稲田渋谷シンガポール校入試広報部長)

私は、保護者の方から「海外大学への進学」について聞かれることが多くあります。いつもお伝えするのは、お子さまが海外で働き、生活することを希望されるのなら海外大学の選択を、日本で就職し生活することを希望されるのなら、日本の大学に進学することを検討されてはいかがか、ということです。

日本でも知られているような海外のトップ大学でない限りは、多額の費用をかけても、日本の社会でどれだけ評価されるかということについては難しいと思います。ですから、日本で就職するのであれば、日本の大学入学後に留学するか、卒業して大学院で留学するかが現実的な選択肢ではないかと思うからです。

齊慶 辰也 氏(シンガポール日本人学校中学部 校長)

齊慶 辰也 氏(シンガポール日本人学校中学部 校長) 齊慶 辰也 氏(シンガポール日本人学校中学部 校長)

本校では、日本の学校のカリキュラム、そしてシンガポールならではの教育を取り入れて生徒の成長を見守っています。本校の進学先の割合は毎年大きな変動はありません。早稲田渋谷シンガポール校へ35%、日本の私立高校へ45%、国公立が15%、そしてインター校などが5%です。この進学実績は、日本ではごく一部の名門進学校に限定される実績だと言えるでしょう。そう考えると、素晴らしい実績だと思っております。

将来を見据えた「学校選び」

石川 晋太郎 氏(学習塾KOMABA塾長)

2020年の教育改革が背景にあるのはもちろんですが、帰国子女の役割が日本の教育現場でますます求められ、帰国生の受け入れを望む学校が増えている現実を顕著に感じています。帰国生入試であれば少し高いレベルを狙える場合もあるでしょう。しかし、大切なのは入学後、学校生活に馴染めるかどうかです。学校選びの際には、学校見学に行き、ご自分の目で確かめ直接話を聞いていただくことをおすすめします。自分の個性を生かせるような学校選びができれば、お子さまらしい学校生活が送れることでしょう。

前川 嘉宏 氏(シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校 校長)

前川 嘉宏 氏(シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校 校長) 前川 嘉宏 氏(シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校 校長)

私は、学校選びは滞在予定年数や帰国のタイミング、他国への転居など、将来を見据えて選ぶ必要があると思います。学校選びや進路選択はやり直しがききません。お子さまにとっての一年間は「しまった」ともう一回戻ってやり直すことができない貴重な時間です。だからこそ、学校を選ぶ際には、親子で何度も何度も話し合うのが大事でしょう。「お子さまの将来に考え過ぎ」はありません。とことん悩んだ末に選んだ選択が、お子さまにとって最良の道ではないでしょうか。

私たち学校の教員は子どもたちに非常にたくさんの愛情を注いでいますが、やはり、お子さまの性格や能力を一番ご存知なのはご両親です。ご両親の愛情に勝るものはありません。しかし、愛情があるゆえに冷静な判断ができないのも事実でしょう。そのような時は、第三者にお子さまの様子を正直に話し、学校選びや進路選択について相談をするのも大切なことではないでしょうか。家族で一生懸命考えた結論については、皆に責任があります。お子さまご自身もきちんと責任を持ち、家族の方もしっかり支援をし応援をしていく。これが大切だと感じます。

これからの日本の「教育」

大里 元美 氏(NUS准教授、熊本大学教授)

2020年には大幅な入試改革が予定されています。大きな骨子は「多様化」でしょう。その意味では、シンガポールで育つ子どもたちには朗報だと思います。紙の試験一辺倒ではなく、AO入試などいろいろな方式が医学部などでも導入されています。最近では東大でも推薦入試が始まりました。トップの大学が大幅に変わることは難しいかもしれませんが、中堅の大学はある程度自由に改革できるようになると考えられ、選択肢が増えてくる可能性があります。

日本の大学は世界のランキングで近年順位を落としています。ノーベル賞などの受賞が多数あり研究力はあるにも関わらず評価が低い理由は「国際化」の低さです。「多様化」を認めてこなかった日本人社会の大きな問題点が露呈されています。「画一」や「平等」をあまりにも重視しすぎたため、例えば帰国子女を大学や日本社会ではあまり受け入れて来なかった過去が有るかと思います。せっかくの帰国子女という大きな財産を潰してきてしまったのではないでしょうか。これからの社会や大学はこういった帰国子女たちの価値を認め、多様化へ向けて大きく変わって行かなくてはならないと思います。皆さんのお子さまたちには活躍の場が多い時代が来るのではないでしょうか。

倉橋 友住 氏(早稲田渋谷シンガポール校入試広報部長)

海外から客観的に見ると、日本の教育のおかしなところに気づくことがあります。例えば、日本の小学校の試験問題で「絵の中から赤いものを選ぶ」というものです。答えはポストなのですが、ポストは「赤い」を前提にすると、シンガポールで育った子どもは正解になりません。なぜなら、シンガポールのポストは赤ではないからです。このような事実を見るにつけ、日本の教育環境はまだ改善する点があると感じます。

英語教育についても然りです。英語を大学の入試から外さない限り「一つ間違えたら不正解」のような教育を高校はやらざるをえない。高校がそうであれば中学もそうせざるを得ない。中、高、大とずっと学び続けても世界で通用する英語が話せない日本の英語教育は変わらなくてはなりません。そのためには、大学が入試科目を検討する必要があるのではないでしょうか。

日本人として「グローバルに活躍する人材」とは

石川 晋太郎 氏(学習塾KOMABA塾長)

アフリカのジンバブエで小学校教育に携わった時、「日本人」というだけで尊敬の眼差しで見られることがありました。我々日本人の先人たちが築き上げてきた、歴史、文化、習慣や他者へのいたわり、おもてなしなどの国際評価が、今まさにグローバル化していると感じます。これまで築き上げてきた日本の教育をすべて破棄して「グローバル教育」を考えると、もしかすると「ゆとり教育」と同じようなことになってしまう可能性があるのではと危惧します。10年、20年後に「日本人の英語力は高まった」という評価は得られるかもしれません。その一方で、国際社会での日本人の評価が下がってしまえば、今進めている教育改革自体も意味がなくなってしまいます。小手先の受験テクニックや手段としての資格に奔走するのではなく、日本人として求められる基盤の教育を再度考えながら、グローバル教育を進めていく必要があるのではないでしょうか。

お子さまにとって海外で過ごした経験は、いつどこで花開くか分かりませんが、その子にとって大きな力になる時が必ずあるに違いありません。「帰国子女」という言葉や「グローバル化」という言葉を聞いた時、どうしても良い所にばかり焦点を当てすぎていると感じることがあります。お子さまは一人ひとり成長の進度も、進む道も異なるものです。良いといわれる部分をお子さまに求めすぎるのは、あまりに負担が大きいのでは、と感じます。私たちの塾では「自分のステージに自分の力で上がる」ための指導を目指して、その子にあった導き方を考え指導するよう心がけています。

倉橋 友住 氏(早稲田渋谷シンガポール校入試広報部長)

「グローバルな人材」とは、「世界的な問題に関心をもってその解決方法を考えることができる人」というのが骨になると思います。そのためには高い語学力が必要になってくるでしょう。世界共通語である英語が高いレベルでできないと世界中の人とその問題の解決方法について考えることは難しいからです。インター校でも8、9年生ぐらいになるとディベートの練習をたくさん始めます。彼らは英語力には苦労していませんが、ディベート、説得力のある効果的な表現、雄弁術はしっかり育む必要があるのです。英語が「話せる」だけでは十分でなく、「交渉する力」が国際社会では求められるのです。

「グローバル人材」とは、決して難しい話ではなく、何でも食べられる、どこでも寝られるなど、簡単に言うと多少汚くても平気だというような「たくましく生き抜く力」も重要ではないかと思います。つまり、「世界的な問題を深く考え解決方法を考えることができる。高い英語力を備え広い教養と社交性を持ち、そして異文化に対する寛容性などを身につけた人」と言えるのではないでしょうか。

齊慶 辰也 氏(シンガポール日本人学校中学部 校長)

皆さんは、自分は「日本人」だというアイデンティティーをお持ちだと思います。では日本人の長所は何でしょうか。「皆で協力して物事を成し遂げる」「約束・ルールをきちんと守りお互いが気持ちよく生活する」などが代表的な長所ではないでしょうか。

本校では、合唱コンクールに一生懸命取り組んでいます。合唱コンクールというのは、歌が好きな子も嫌いな子も一緒になって取り組み、自分たちが作り上げたものやそれまでの自分たちの行動に対して感動をし合います。体育大会も同じで、自分たちの力で何か作り上げていく過程で、協力してお互いを尊重し合う大切さを学んでいます。それを小、中、高と体験し肌で感じていく。その上に英語力がついたら最強ではないかと考えています。日本人としての確固たるアイデンティティーを備え英語を用いて他の国の人々と交流していく。「日本語ネイティブの国際人」そんな子どもに育って欲しいと思っています。

それを実現する一つの方法として、平成29年度の新中学1年、2年生から「グローバルクラス」を開講します。本校では既に「英語イマージョン」の授業を体育、美術、音楽、家庭科などで行っており、子どもたちは英語力がついてきたと自覚し、実感しています。「グローバルクラス」では、更に、大学で必要な数学と理科を学べる英語力も養い、高校でインター校への進学も可能にます。

国語や社会、学校の活動は今まで通り日本語で行い、挨拶ができ正しい敬語を使いこなせる日本人としての資質を身につけながら、英語で勉強もできる。そんな生徒を育成することで21世紀で通用する「グローバル人材」を育てていきたいと考えています。

山下 康次郎 氏(日本人学校 学校運営理事会理事長、JAL支店長)

山下 康次郎 氏(日本人学校 学校運営理事会理事長、JAL支店長) 山下 康次郎 氏(日本人学校 学校運営理事会理事長、JAL支店長)

日系企業に入社するために英語が話せることは、必ずしも必要な条件ではありません。しかし、最近の新入社員を見ていると英語が話せる方が多いようです。中堅社員で話せなかった人も、基本的には皆、話せるようになっています。なぜかというと、必要に迫られて自分で勉強するからです。大人になって英語を勉強すると苦労します。では、インター校に行けば無理なく自然と話せ、苦労することなく英語が身につくのでしょうか。実はそうではないでしょう。インター校に通っている子どもたちも、皆、最初は苦労しているのです。では、どの時点で苦労をさせて将来の英語力を養うのかということが、親としての悩みだと思います。

人間として社会人として世の中で働き、仕事の成果を出すことを考えた時、バイリンガル並みの英語力があるかということが一番大切でしょうか。そうは思いません。もっと大切なことがあるはずです。例えば、人間として必要なのは、一本筋の通った「柱を持つ」ということです。そのための思考力や考え方こそが、やはり一番大事なことだと考えます。

「グローバル人材」とは「異文化を受け入れられる人」ではないかと思います。つまり「自分に文化がある」ことが大前提です。「多様性」を持つためには、まずは自分に文化がなければ容認できたことにはなりません。他人や他の国の文化に染まっていくだけの人間に過ぎないからです。自分にきちんとした文化を持ち、それについて話ができる。かつ、他の国の文化を受け入れ容認し認識し、それを理解してコミュニケーションを取ることができる。それが企業で求められている「グローバル人材」だと思っています。

日本人にはいろいろな特性があります。時間を守り、場を清め、礼を尽くすなどです。それらの日本人の特性は、グローバル社会の中で非常に大きな役割を果たしています。「多様性」とは一人で持つことはできません。国際社会の中で、自分は一体どんな役割を果たしていくのかを考えられる、そしてそれを実行できる。そういう人間が求められていると私は考えます。

この役割を果たして行くために、英語は大切です。表現することができないと本当に悔しい思いをしますし、役割を果たすことができません。子どもは強いですから必ず自分の道を切り拓いていくことができます。ですから、親御さんにはお子さまにしっかりしたアイデンティティーを確立してあげ、思考能力を育んでいただきたいと思います。

編集部より

昨今の報道で頻出する「グローバル人材・教育」という言葉ですが、今回のフォーラムを通して、その輪郭が具体的に見えた方も多いことでしょう。日本では「教育改革」が喫緊の課題になっています。このような時代に子育てをしている私たちは、常に広くアンテナを張り、固定観念に捉われることなく、子どもの将来の選択について親子で真剣に考える必要があると、改めて感じました。子どもたちはこれから世界を担っていく財産です。一人ひとりが個性を活かして輝ける、そんな環境を提供することができれば、子どもたちの可能性は無限に広がっていくのではないかと思いました。

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